ある夜に

 星が好きだ。といっても、望遠鏡を覗いたりとか、展望台まで足を運ぶと言うことは無い。自分の家の屋根に上り、ぼんやりと星を眺める。それが僕の幸せな時間だった。
「おにいちゃ~ん? また屋根にいるの?」
「……なんだ、由貴か」
 妹の由貴が居間から声を掛ける。
「なんだ、は無いでしょ~? さっきからず~っとお兄ちゃん呼んでたのに!」
「あ、ああ、ごめん。で、何?」
「も~っ! お兄ちゃん忘れちゃったの? や・く・そ・く!」
 約束、か。そんなのしたような気もする。が、今はそんな事、どうでも良かった。
 僕はただ、星を眺めていたかった。一人になりたかったんだ。
「ん、しょっ……と」
 ……一人にはさせてくれないみたいだ。たまには空気読んでくれよ……。
「お兄ちゃん♪ 見~つけた!」
 いつも僕を振り回してた由貴だったが、今はそっとして欲しかった。
「お兄ちゃん?」
 うるさい。ほっといてくれ。
「お兄ちゃんってば!」
 だまれ。
「ねえ、お兄ちゃん!」
「黙れよ!」
 気がつくと怒鳴ってた。僕のことを何もわかってくれない癖に構ってくるのが……。
「だ、だってお兄ちゃ……」
「うるさい! 僕の気持ちもわからない癖に!」
「そ、そんなこと……」

 由貴は僕の気持ちをわかってくれない。いや、わかるはずが無い。だって、由貴は……。
「おやじの作ったロボットが人間の気持ちを理解できる訳ないだろ」
 ぼくの妹、有希は2年前、交通事故で死んだ。その時、(事象)発明家だった父が、今の由貴を作ったんだ。学校でも『付き合ってるんじゃねぇ?』とまで仲が良かった兄妹だったから、僕が寂しくなると思ったんだろう。
 でも、ぼくの妹は有希だけだ。由貴はロボットでしか無い。そんなものには興味が無いんだ。
「もうお兄ちゃんなんて言わないでくれ。お前はただのモノなんだよ!」
 気がついたら肩で息をしていた。もう、何でもいいから目の前から消えてくれ……。
「ねえ?お兄ちゃん?」
 マダいたのか。お前と話すことなんてもう無いんだが。あの有希はもういない。どうしようも無い事実だ。もう……。
 由貴が何か突きつけてくる。これは……?
「有希お姉ちゃん、好きだったんでしょ? 屋根の上でお兄ちゃんのギター聞くの。私も聞きたいなぁ」
 ギター……か。有希にはよくこの屋根の上で聞かせていたギターだが、有希が死んでから全く弾かなくなった。おそらく押し入れから引きずり出してきたんだろう、ギターは埃まみれだった。
 
 有希が死んだ日。ちょうど1年前の今日は今日とは違って雨が降っていた。星一つない漆黒の闇。そして僕は、この闇の中に閉じ込められた。いつも元気に、自分を振り回してきた有希。いつも自分の行く先にいて、自分を導いてくれていたような。

「私ね、確かにお兄ちゃんの言うとおり、有希お姉ちゃんの代わりにはなれないかもしれない。でも、私が有希お姉ちゃんの代わりに……」
「そんなのなれるわけ……」
「あるよ」
由貴の一言。今までの過去に囚われていた自分にはなかった、はっきりとした一言。
「確かに有希お姉ちゃんはいないけど、お兄ちゃんは未来を見ていかないといけないんだよ!」
由貴はしっかりと、言葉を続ける。
「お兄ちゃんも歌ってたんでしょ? 僕らには未来があるって!」
有希のその言葉が、僕の体に入ってくる。目の前には由貴しかいない。
「お兄ちゃんの未来、私に見せてよ!」
その言葉は、どこか有希に被るところがあるような気がして……。

……

「なあ、由貴……」
「……お、お兄ちゃん?」
「ギターで、何の曲が聞きたい?」

ソラには数多の星が輝いていた。


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